第14回「音楽づくり」夏の研究会

第14回「音楽づくり」夏の研究会

「TASカルテット」による即興ワークショップ

-坪能克裕作曲《パッサカリア》等を教材とした参加型の実践-

安久津太一

岡山県立大学保健福祉学部子ども学科

1. はじめに

 弦楽四重奏は、字のごとく4つの声部を有し、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが奏でる、クラシック音楽の最もポピュラーな演奏形態の一つである。しかし、これまでに、日本の学校音楽教育で弦楽四重奏や弦楽器を取り入れて授業が実践される機会は極めて稀であった。推測される理由として、弦楽器は価格も高くて難しいというイメージが先行し、日本の一般的な音楽科教育の文脈に組み込みにくいという難点が解決されぬまま、現在に至ったと考えられる。また器楽の活動においては、ハ長調を基軸とした鍵盤ハーモニカが低学年で導入されることが定着しており、中高学年以上がリコーダーと言う固定的な器楽の扱いが定着し、初学者にとってイ長調やニ長調等、特にハ長調以外と親和性が高い弦楽器を取り入れる余裕が無い現状も想定される。もちろんICTを活用した、鑑賞の授業で弦楽器や弦楽器を含むオーケストラ作品が題材として選択されることはある。しかし、生演奏の弦楽の響きに、児童・生徒が直に接する機会は、ほとんど無いのが日本の音楽科教育の現状と考えられる。

 本ワークショップでは、弦楽四重奏の定番であるハイドン作曲《弦楽四重奏第一番》より第一楽章と、坪能克裕作曲《パッサカリア》を取り上げた。ハイドンは古典派の代表的な作曲家であり、同弦楽四重奏は典型的なソナタ形式で楽曲が構成されている。今回、弦楽四重奏の生演奏を前にしながら、聴覚のみならず、視覚も使って、対話しつつ楽曲の理解を深めることができた。そして坪能作品は、パッサカリアの形式を有しており、主題に加え、合計10つの変奏で曲が構成されている。途中の練習番号7の箇所では、まさに「即興」(Improvisation)との指示があり、聴衆が主体的、協働的に即興で弦楽四重奏の演奏に参加する場面が設定されている。各グループの創意工夫による多様な楽器を用いた即興を弦楽と融合させる試みも加えられた。全く未知の現代作品で、かつ音楽科の授業において大変珍しい選択肢と言える弦楽四重奏による実践となった。特に《パッサカリア》での、特殊奏法や、ペットボトルで弦を軽くこすったり、木琴や鉄琴のマレットを用いて弦を鳴らすなど、「美しい音」の追求に偏重しない、あらゆる響きの可能性を追求した、非常に実験的かつ充実した活動は、大変ユニーク活意義深いものとなった。

2. ワークショップの事例

 以下にワークショップでの概要と事例を示す。弦楽四重奏による参加型のワークショップは、2日間にわたる研究会の初日の最後に位置づけられた。演奏された曲目と演奏者は下記の通りである。

[曲目

  • J. ハイドン 作曲《弦楽四重奏第1番 変ロ長調 狩》より第一楽章
  • 坪能克裕 作曲《弦楽四重奏のためのパッサカリア》

[演奏者] TASカルテット

  • 第一ヴァイオリン 南條由起 
  • 第二ヴァイオリン 藤本茉里恵
  • ヴィオラ     安久津太一
  • チェロ      小島千か

 1曲目は、ハイドンの弦楽四重奏の演奏であった。特に事前の解説等なく、ワークショップ開始直後にいきなり第一楽章が通して演奏された。非日常とも言える弦楽の響きに、フロアは思わず引き込まれ、聴き入っていた。その後、曲の構成や、呼びかけとこたえ、和声進行や転調等について、演奏者等がフロアと一体となり、部分演奏と解説や意見交換も交えながら、ライブで楽曲分析が行われた。最後に同曲をもう一度通したが、ソナタ形式に内在する変化や対話的な音楽の要素の理解が深まった。

 続いて現代作品の事例として、坪能克裕作曲《弦楽四重奏のためのパッサカリア》が演奏された。元来管弦楽のために作曲された同作品であったが、今回のワークショプに際し、弦楽四重奏版に編曲された作品の、世界初演となった。以下演奏風景である。写真1は、この日に結成されたTASカルテットがテーマを演奏している光景である。

写真1 TASカルテットによるテーマの演奏。

 弦楽四重奏単体での変奏を経て、練習番号7番はフロアの参加者がグループを構成して参加し、即興演奏を繰り広げた。弦楽四重奏のメンバーも適宜グループに入り、鍵盤ハーモニカやリコーダー、ハンドベル、木琴、鉄琴、ピアノ等の楽器群と、即興のアンサンブル演奏を試みた。写真2は、ペットボトルでヴィオラの弦を軽く擦り、音を工夫して出している場面である。

写真2 ペットボトルでヴィオラの弦を擦って即興で参加する試み。

 写真3は、学校で使われる鍵盤ハーモニカやリコーダー等で多様な音を出し、かつヴァイオリンとも即興のコラボレーションを展開して演奏された。

写真3 学校教育楽器の定番鍵盤ハーモニカも即興で活躍。

写真4は、ピアノを4名で演奏しつつ、見事にヴァイオリンと息があった即興を繰り広げている場面である。

写真4 ヴァイオリンと4名のピアノ奏者による阿吽の呼吸。

 写真5では、本企画のコーディネータもめたプロヴァイオリン奏者の南條氏が、木琴のマレットを使ってヴァイオリンの弦を軽く叩き、音を探求しつつ出している様子である。

写真5 弓の替わりにマレットでヴァイオリン演奏。見守る作曲者の坪能克裕氏。

写真6は異なる音程を奏でるハンドベルを片手で一気に4つ持ち、即興演奏している場面である。

写真6 4つのハンドベルを組み合わせたユニークな演奏方法。

 最後に、以下が坪能克裕氏による貴重な手書きの楽譜の抜粋である。特に練習番号7番の箇所であるが、即興演奏の指示がある。弓以外にも打楽器のバチやペットボトルなどで、自由に弦楽器を演奏して良い指示がある。また弦楽四重奏部分にも、特殊奏法がふんだんに使われている。

写真7 作曲者による貴重な手書き楽譜。即興を示す練習番号7番の箇所。

なお、この日に同弦楽四重奏はTASカルテットとして初めて結成された。演奏者が一つの地域に居住していないこともあり、練習は当日の本番直前の30分間だけとなった。不安もあったが、しかし逆に即興的な演奏をするために、あえて「つくり込みすぎずに」ワークショップに参加することができた。

直前のリハーサルには、短時間であったが、作曲者の坪能克裕氏も立ち会った。特に特殊奏法の扱いについて、美しい音を出すことだけに固執せず、思い切り響かせて、大胆に表現してほしい旨、助言があった。作曲者がこのようにワークショップの場面にいらしてくださることは、何より貴重な学びの機会となった。

グループワークによる即興演奏では、通常あまり行われない異なる楽器同士の組み合わせや特殊奏法で、大変ユニークな「音の重なり」や「呼びかけとこたえ」が、即興演奏に散りばめられていた。拍節や低音の枠組みや土台は有するものの、現代音楽が即興演奏の自由度を高め、誰もが主体的に参加して協同できるツールになり得ることを再認識する貴重な機会となった。また音楽づくりの文脈は、あらゆるジャンルの曲に加え、幅広い多彩な楽器を融合的に用いることを可能とし、弦楽四重奏や弦楽器の導入も例外でないことが証明された。

今後本実践で得られた実践的モデルの成果を、全国の学校園で展開していく予定である。